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広島地方裁判所呉支部 昭和41年(む)40号 決定 1966年7月08日

被疑者 金川こと金大石

決  定 <被疑者氏名略>

右の者に対する窃盗被疑事件について、当裁判所裁判官がした勾留請求却下の裁判に対し、広島地方検察庁呉支部検察官事務取扱副検事山根孝繁から準抗告の申立があつたので、次のとおり決定する。

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一  申立の趣旨と理由は別紙のとおり。

二  当裁判所の判断

(一)  本件記録によると次の事実が認められる。すなわち、被疑者は、昭和四一年七月四日午後二時頃、司法巡査から呉市天応町天崎四八九番地の自宅から同町所在の警察官駐在所まで出頭を求められ、同所で二名の巡査から同人が入質したカメラの出所を問いただされたが、默祕していたところ、同日午後四時三〇分頃、呉警察署からジープが呼び寄せられ、同署へ同行を求められ、巡査一名とジープに同乗して同署に出頭し、取調べられた結果、同日午後九時三〇分頃本件犯行を自供し、これにより被疑者が本件犯行を行つたことが明らかとなつたため、同日午後一〇時一五分頃緊急逮捕された。

ところで、右のように被疑者が最寄りの駐在所まで出頭することは、社会通念上被疑者にも一応自由意思があつたと推測するのが相当と考えられるが、巡査につきそわれ、看視された状態でジープにより呉警察署まで連行されたこと、しかも午後四時三〇分頃から午後九時三〇分頃まで引続き取調べが続行されたことなど連行の方法、場所、取調時間、看視状況など合せ考えると、被疑者がジープで連行された以後の状況は全く自由を拘束され、警察の取調べを拒絶できないような勢力圏内にあつた、換言すると逮捕拘束された状態であつたと認めるのが相当である。

もつとも右同行取調べにあたり、手錠、繩などが使用された事実、被疑者が明示的にこれを拒絶し又はこれに対し有形力を行使された事実などは認められないが、そうだからといつて、直ちにこれを自由意思に基づくものとはいえない。

してみると被疑者は、緊急逮捕される以前に、すでに逮捕されていたものというべきであり、その時点ではまだ緊急逮捕の要件をそなえていなかつた(本件ではその後の自供により嫌疑充分となつた)ことになる。結局本件逮捕は違法である。

(二)  次に被疑者の本件緊急逮捕については、翌七月五日逮捕状が発せられていること、記録上明らかである。しかし右逮捕状は、警察の緊急逮捕をしたと主張する時点での緊急逮捕の要件を認めただけで、それ以前の実質的な逮捕行為の存否又は適否まで判断したうえでこれを許したものではない。したがつて逮捕状の発付によつて、それ以前の違法逮捕という瑕疵が治癒されるものではない(若し逮捕状の発付によつて違法が治癒され勾留にあたつて逮捕の適否まで判断できないとすれば、違法逮捕について、被疑者は不服申立方法を奪われることになろう。刑訴法第四二九条第一項第二号参照)。すなわち、緊急逮捕の違法性は逮捕状の発付にかかわらず存続し、かつ逮捕(その後の手続も含む)の適法であることは、勾留の前提要件として勾留にあたり判断すべきであり、これが違法であれば勾留請求は却下すべきである。

(三)  以上(一)、(二)で述べたとおり、被疑者の逮捕(実質的)は違法であり、これを理由に被疑者の勾留請求を却下した原決定は相当で、本件準抗告は理由がない。

三  よつて、本件準抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 原田博司 平井哲雄 加藤義則)

別紙申立の趣旨、理由<省略>

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